ウェスタロスの暦はエイゴン・ターガリエン一世により七王国が成った年を紀年として数えられており、征服前(BC)と征服後(AC)で表される。下記の覚書は『氷と炎の歌』および『炎と血』からほとんど引用されるものである。
エイゴン征服王はBC27年、ドラゴンストーン城で生まれた。城主エイリオン・ターガリエンと、ヴァレイナ・ヴェラリオンとの間の第二子である。
エイゴンには血を分けた二人の姉妹がいた。姉ヴィセーニアと妹レイニスである。『ターガリエン家には近親婚の習慣があり、伝統に従えばエイゴンは姉のヴィセーニスとだけ結婚するしきたりだったが、彼は二人とも妻に迎えた。一説によれば、エイゴンはヴィセーニアとは義務から、レイニスとは色欲から結婚したと言われている』。
『姉ヴィセーニアはエイゴンその人に匹敵するほどの戦士であり、絹の衣と同じくらい環帷子を好んで着ており、ヴァリリア鋼の長剣の扱いにも長けていた』。『ターガリエン家特有の金銀の髪と紫色の瞳を持つ美貌の持ち主であり、苛烈で激しい性格だった』。厳格で生真面目、容赦のない人だったとも言われているらしい。
『妹レイニスは姉とは正反対の性格で、陽気で好奇心旺盛で気まぐれであり、とりとめない空想にふける癖があった』。『根っからの戦士ではなく、音楽や踊りや詩を愛好し、多くの吟遊詩人や役者、人形遣いを後援した』。しかし彼女が何よりも愛したのは、メラクセス(彼女の竜)の背に乗り飛翔することだったといわれている。一説によれば、彼女は生前に “いつか日没海をこえて、地図に載っていない西の海の向こうの陸地に何があるのか、見に行くつもりだ” と周囲の人間に公言していたらしい。とんだ夢想家だ。
エイゴン征服王はこの姉妹とともに三体のドラゴン(バレリオン、ヴァーガー、メラクセス)を手繰り、六王国を武力によって征服、次いでドーンを政略結婚により支配、大陸ウェスタロスに七王国を建立した。そのおよそ300年後、滅亡したターガリエン家の生き残りの少女であるデナーリスが、絶滅したと思われていた三体のドラゴンを孵化させ、万の軍勢を率いて玉座奪還のためウェスタロスへと渡来した。
ちなみに、このエイゴンの姉妹の正反対な性質は、史実に多く見られるターガリエン家の両義的な気質そのものを、どこかあらわしているようにも思える。たとえばそれを裏付けるに、AC315~320年頃?、元〈王の楯〉総長であるバリスタン・セルミーが、約束の女王デナーリス・ターガリエンに向けてこのように述べたことがあった。
「ターガリエン家の人々がつねに狂気にあまりに近いところでダンスしていたことは、どんな子供でも知っています。お父上が最初ではありません。ジェヘアリーズ王はかつてわたしにいいました−−−狂気と偉大さは同一のコインだと。ターガリエンの子が新しく生まれるたびに、神々がコインを空中に放り投げて、それがどのように地上に落ちるか、世界の人々は息をつめて見守るのだと、かれはいいました」
ちなみにエイゴン・ターガリエン一世その人は、文献によれば、その同時代人にとってもわれわれと同じくらい謎に満ちた人物であったらしい。『ヴァリリア鋼の剣〈黒き炎〉を帯び、当代最強の戦士に数えられながら、武勲に喜びをおぼえることはなく、馬上槍試合や模擬合戦にもけっして参加しなかった。〈黒い恐怖〉バレリオンを騎竜としながら、飛ぶのは戦に行くときか、急いで陸と海を越えるときだけだった。その堂々とした佇まいは人々を彼の旗の下へ集わせたが、親しい友はおらず、唯一オーリス・バラシオンだけが幼少からの盟友だった。女たちは彼に惹かれたが、エイゴンは生涯変わらず姉妹に忠実だった。王としては小評議会と姉妹に満幅の信頼を置き、日々の国政はあらかた彼らに委ねていた……しかし必要とみるや指揮を執ることもいとわなかった。反逆者や裏切り者には厳しく対処したが、忠誠を誓うかつての敵には寛大だった』。
われわれはこれによく似た人物を、もしかしたら彼のほかにもう一人、知っているかもしれない。それはAC315~320年頃?(正確な年がわからない)、七王国に現れた一人の男だ。彼は征服王その人と同じ〈エイゴン・ターガリエン〉という名を冠していた。この〈エイゴン・ターガリエン〉と呼ばれたふたりの男は、300年の時を超えて〈鉄の玉座〉の創造と破壊に立ち会った。(正確には、彼らのあいだに広がる失われた王朝の歴史のなかで、エイゴンと呼ばれる男は、ふたりのほかにあと六人ほど存在しているようだ。しかしこの最初のエイゴンと、最後のエイゴンが、〈鉄の玉座〉の物語の始点と終点とに、まるで呼応するかのように居合わせていることは、まぎれもない事実である。それは、とても不思議なことだ。私は、これは単なる偶然ではないと思う。私はこう思う。最後のエイゴンは確かに〈壁〉の向こうに消えた……〈壁〉の向こうは人知の及ばぬ言語以前の暗夜である(現に“死”はそこから来る)……そこでは、この世界と違う時空間が流れていても、何ら不思議ではない……とすればつまり、このふたりのエイゴンは、物理的に、同一人物だったのではないだろうか……? しかしこれは安易な空想に過ぎないと思う。)
ちなみに七王国の物語では、ここでも見られたように、遠く隔たった二つの点が繋がり、既視感のある星座を形成するという不思議な現象が、よく見られる。例を挙げ出したらきりがないが、たとえば上記のエイゴン征服王にまつわる文献に登場するバラシオン家も、ターガリエン王朝の創造と破壊に立ち会ったふたりの男を輩出している。征服王の年、バラシオン家のオーリスはターガリエン家の旗主となり、同家がウェスタロスに君臨するための足がかりを作ったが、ちょうどその300年後、反乱によってその足がかりを外し、ターガリエン王朝を滅亡させるきっかけを作ったのも、このバラシオン家のロバートなる人物である。ちなみにこの二人は、よく似ている。どちらも黒い顎髭をたくわえ、戦鎚を振り回し、名誉と誇りを重んじる生まれながらの戦士であったそうだ。人は実際に、誰かの何回目かの人生を生きているのだろうか……? 不思議だ。しかし騎士の歌物語と歴史を混同してはならない。
バラシオン家は、ターガリエン家やスターク家、ラニスター家やマーテル家などの、伝説上の英雄時代から続く各々の大名家に比べると、かなり歴史が浅い。数えると、紀元前一年以内から始動する名家だろう。ほかの大名家は紀元前一万年ほど続いているものもあるので、まったく年数が違う。バラシオン家はオーリスの代でデュランドン家の紋章と標語(『氏神は復讐の女神』)を受け継ぎ、雄鹿の旗印を掲げることになった。このオーリスなる人物は、エイゴン征服王の庶出の異母兄弟だったと言われている。征服王がオーリスを『わが盾、わが忠臣、わが協力なる右手』と宣言したことにより、今ではバラシオン家こそ最初の〈王の手〉であるとする学説が有力である。とすれば……神々が揺らした鎖のもう一端に居合わせたロバート・バラシオンの、何と奇妙な生涯だったことだろう。
若きロバート・バラシオンは、許嫁であるリアナ・スタークを愛していた。リアナは花のように美しく、気丈で勇敢で、きっとそれ以上の優しさを持ち合わせていたことだろう。しかしこれは私の想像なので、正直わからない。青年ロバートはリアナを愛し、彼女もまた彼と結ばれることを望んでいるように思われたが、彼女にはどこか、捉えどころのない危険な純真さのようなものがあった。しかしこれも、私の想像だ。なぜならば、ロバートやリアナなる人物の青年時代を細かく知るための資料が、あまりないからだ。
そして狂王エイリスの治世の時代、事件が起こる。第一王子であるレイガー・ターガリエンがリアナ・スタークを誘拐、強姦の末に殺害してしまうのである。
王都へ抗議のため参上したスターク家の当主リカードとその長男ブランドンも狂王によって無実の罪で処刑され、激怒したロバート・バラシオンとネッド・スタークはふたりの共通の里親でもあるジョン・アリンとともに反乱軍を形成、戦況は一時膠着状態となったが、やがて中立を貫いていたラニスター家のタイウィンが王国軍を裏切って王都へ攻め入ると、形成は一気に逆転し、戦争は反乱軍の勝利となった。狂王エイリスは一人の近衛兵に殺され、肉の塊になった。
そのようにして300年続いたターガリエン王朝は失われた。太子レイガーの子らはまだ乳飲み子だったが、壁に頭を打ちつけられて殺された。レイガーの弟妹であるヴィセーリスとデナーリスは、国土を永久に追放された。
その後〈鉄の玉座〉には、ロバート・バラシオンが座った。ターガリエン家でない者がそれに座るのは、歴史上初めてのことだ。
狂王エイリスを殺したのが、〈王殺し〉〈誓約破り〉で有名な、あのジェイミー・ラニスターである。彼はいつしか、下記のように告白していた。
「そうだよ。おれは、あわれな困り者エイリス・ターガリエンを殺害した誓約破りだ」ジェイミーは鼻を鳴らした。「しかし悔やんでいるのはエイリスのことではなく、ロバートのことだ。“人はおまえを〈王殺し〉と呼ぶそうだな” かれは戴冠式の祝宴で、おれにそういった。“それを習慣にしようとは考えるなよ” と。かれは笑った。なぜ、だれもロバートを誓約破りと呼ばないのか? かれは国をばらばらに引き裂いた。それなのに、名誉を汚したのはおれだなんて」
「ロバートがやったことはすべて愛のためでした」ブライエニーの足から湯が流れ落ち、足の下に溜まった。
「ロバートがやったことはすべて誇りのため、女のあそこのため、美しい顔のためだった」
かれは拳を握った……いや、握ったことだろう、もし手があったら。痛みが、残酷な笑いのように、腕を突き上げた。
「かれは国を救うために出陣したのですよ」彼女はいい張った。
“国を救うため、ねえ”
「きみは、おれの弟がブラックウォーター河に火をつけたことを知っているか? 炎素は水の上でも燃える。エイリスはその気になれば、それに浸かったことだろう。ターガリエン家はみんな火炎に夢中になるんだ」ジェイミーは頭がくらくらするのを感じた。 “頭の中に熱がある。血の中に毒がある。熱病の末期だ。おれは正常ではない” かれは湯が顎につくまで、ゆったりと沈んだ。「白いマントを汚した……あの日、おれは黄金の甲冑をつけていた。しかし……」
「黄金の甲冑?」彼女の声が遠くで、かすかに聞こえた。
かれは熱の中に、記憶の中に漂った。
「鐘の合戦で、踊るグリフィンの軍勢が破れたとき、エイリスはロバートを追放した」 “なぜおれは、こんな滑稽な醜い子供に話をしているのか?” 「ロバートはもはや気まぐれに押しつぶすことができるような単なる逆徒の貴族ではなくて、デイモン・ブラックファイア以来ターガリエン家が直面した最大の脅威であると、エイリスはついに理解したのだった。エイリス王は不作法にもエリア・マーテルを捕らえているとルーウィン・マーテルに念を押し、〈王の道〉をのぼってくる一万人のドーン人の指揮を執れといって送り出した。ジョン・ダリーとバリスタン・セルミーがグリフィンの兵士をできるかぎり再結集させるために、石の聖堂にかけつけた。そして、プリンス・レイガーは南部から戻ってきて父親に、誇りを捨てておれの父タイウィンを呼び出せと説得した。しかしキャスタリーロック城から使い鴉は戻ってこなかった。それで、王はますます恐怖心を抱いた。かれはいたるところに謀反人を見た。そして、側近のヴァリスはかれが見過ごしたかもしれない謀反人をつねに指摘した。そこで王は家来の錬金術師たちに命じて、キングズ・ランディングのいたるところに炎素の貯蔵所をもうけさせた。ベイラー大聖堂の地下、蚤の溜まり場の物置小屋、厩舎や倉庫の下、七つの門のすべて、赤の王城そのものの地下にも。
ほんのひと握りの火術師の賢者の手で、極秘のうちにすべてが行われた。かれらは助手にも手伝わせなかった。王妃の目は何年も閉じられたままで、息子のレイガーは軍隊を整えるのに忙しかった。しかし、エイリスの新しい懐刀である〈王の手〉は完全に馬鹿者というわけではなかった。だから、ロッサート、ベリス、ガリガスなどが昼夜を問わず出入りするのに疑いを抱いた。チェルステッド、そうだ、かれの名前はチェルステッドだった。チェルステッド公だ」この記憶は話しているうちに、突然蘇ったのだった。
「かれは臆病者だとおれは思っていたが、やつはエイリスと対決した日にはどこからか勇気を引き出していた。かれはエイリスを思いとどまらせるために、できるだけのことをした。理を説き、冗談をいい、脅迫し、そして最後に懇願した。それが失敗におわると、かれは役職の首鎖をはずして床に放り出した。そのため、エイリスはかれを生きたまま焼き殺し、その首鎖を、お気に入りの火術師ロッサートの首にかけた。こいつはリカード・スターク公を、着ている鎧の中で料理した男だ。その間じゅうずっと、おれは白い板金鎧をつけて〈鉄の玉座〉の下に立っていた。死骸のように静かに、君主とそのたいせつな秘密を守って。
こうして、同僚の〈王の楯〉はみんな出払っていったが、エイリスはおれをそばに置きたがった。なにしろ、おれは父の息子だったから。かれはおれを信用しなかったのだ。昼も夜もヴァリスの目の届くところにおれを置きたがった。だから、おれはすべてを聞いたのさ」ロッサートが炎素を置かねばならぬ場所を示す地図を開くたびに、その目がどんなに輝いたか。」ジェイミーは思い出した。
「ガリガスとベリスも同様だった。レイガーは三叉鉾河でロバートと対戦した。その結果どうなったか、きみも知っているだろう。宮廷に知らせが届くと、エイリスは急いで王妃をプリンス・ヴィセーリスとともにドラゴンストーン城に送り出した。プリンス・エリアも行くはずだったが、かれはそれを禁じた。どういうわけか、プリンス・ルーウィンが三叉鉾河で裏切ったにちがいないと思い込んでいたのだ。しかし、エリアとエイゴンをそばに置いておくかぎり、ドーンを味方に留めておけるとかれは考えた。「謀反人どもが、おれの町を欲しがっている」とかれがロッサートにいっているのを、おれは聞いた。「だが、かれらには灰しかやるつもりはない。ロバートを、焦げた骨と焼けた肉の上に君臨する王にしてやるぞ」と。ターガリエン家は死者を決して埋葬せずに火葬にした。エイリスはかれらのすべてを最大の火葬の薪にするつもりだった。しかし、実を言うと、かれが本当に私を予想していたとは信じられない。かつての〈燃えさかる炎のエリオン〉と同様に、エイリスは火が自分を変容させると思った……ふたたび蘇ってドラゴンとなり、敵のすべてを灰塵に帰すると。
ネッド・スタークはロバートの前衛部隊とともに急いで南下してきたが、おれの父の軍勢が先にその町に到達した。〈西部総督〉が王を守るためにやってきたとパイセルが確信させたので、エイリスは城門を開いてしまった。このときばかりは、かれはヴァリスの意見に留意すべきだったが、かれを無視してしまった。おれの父はエイリスが自分に対して行ったすべての不当な行為を根に持って、この戦から身を引き、ラニスター家は勝ち馬に乗るべきだと思い定めた。三叉鉾河の合戦がかれに決心を固めさせた。
おれは赤の王城の防衛を任されたが、これは負け戦だとわかっていた。それで、エイリスに使いを送って講和の許可を求めた。エイリスは、「もしおまえが謀反人でなければ、おまえの父親の首をおれに届けろ」といって、絶対に引かなかった。ロッサート公がそばについていると、うちの使者がいったが、それがどういう意味か、おれにはわかった。
ロッサートを見つけたとき、かれは普通の兵士の服装をして、裏門に急いで行くところだった。おれはまずかれを殺した。それから、エイリスが火術師どものところに送る別の使者を見つけ出す前に、エイリスをも殺した。何日か後に、他の者たちをも探し出して、やはり殺した。ベリスは黄金を差し出し、ガリガスはお慈悲をと泣きついた。まあ、火よりも剣のほうが慈悲深いが、ガリガスはおれが示した優しさをあまり評価したとは思えないな」
湯が冷めてしまっていた。気がつくと、ジェイミーは自分の右手を見つめていた。 “おれを〈王殺し〉にした手だ” あの〈山羊〉がジェイミーの栄光と恥辱を、二つとも同時に、奪ってしまったのだった。 “後に何が残ったか? 今、おれは誰なのか?”
詳しく記されていて、嬉しい。
戴冠後のロバート・バラシオンがどういった運命を辿ったかは、別の文献で知ることができる。彼は玉座の冷たさと王冠の重みで徐々に精神を病み、魂と肉体を腐らせ、孤独に死んでいった。玉座を手に入れてからおよそ15年後のことである。彼は生前、いつしか自身の〈王の手〉でもある盟友ネッド・スタークを相手に、このように述べていたことがあった。
「飲め」かれはぶっきらぼうにいった。
「喉は渇いておりません---」
「飲め。おまえの王が命令しているのだ」
ネッドは角杯を受け取って、飲んだ。ビールは黒くて濃くて目にしみるほど強かった。
ロバートはまた腰を下ろした。「ちくしょう。ネッド・スターク。きみとジョン・アリンを---おれはきみたち二人を愛していた。きみたちはおれに何をした? きみたちは王になるべき人物だった。きみかジョンが」
「あなたのほうがより権利がありました。陛下」
「飲めといったが、議論しろとはいっていない。きみたちはおれを王にした。だから、少なくとも、おれがしゃべっているときには、聞くだけの礼儀をわきまえてもらいたい、いいな。おれを見ろ、ネッド。王であることが、おれにどんな作用を及ぼしたか見るがいい。ちくしょう、太りすぎて鎧が着られない。いったいどうして、こんなことになったんだ?」
「ロバート……」
「黙って飲め。王が話しているのだぞ。いっておくがなあ、この王位を勝ちとろうとしていたときほど、おれが生き生きしていたことはなく、それを手に入れた今ほど、生気がなくなったこともない」
「秘密を教えよう、ネッド。一度ならず、おれはこの王冠を捨てようと夢見た。船に馬と戦鎚を積んで自由都市に行き、戦争と女郎買いに憂き身をやつす。それがおれの転職なのさ。傭兵たちの王さ。吟遊詩人たちがどんなにおれを愛してくれることか」
「おい、おれはエイリスよりもましな王だといって、この話題にけりをつけてくれよ。きみは愛や名誉について決して嘘がつけないんだなあ、ネッド・スターク。おれはまだ若い。そして、きみがこうして来てくれたのだから、事情は変わるだろう。この二人で、歌にうたわれるような統治をしようじゃないか。ラニスター家なんぞ地獄に落ちるがいい。ベーコンの匂いがするぞ。今日のチャンピオンはだれになると思う? メイス・タイレルの息子を見たか? 〈花の騎士〉と世間では呼んでいる。世の中には、父親であることが誇りになるような息子がいるものだ。この前の馬上槍試合で、かれは〈王殺し〉に黄金の尻餅をつかせたが、あのときのサーセイの顔を見せたかったぞ。おれは笑いすぎて脇腹が痛くなった。レンリーがいうには、かれには一人の妹がいるそうだ。十四歳の乙女で、夜明けのように美しいとか……」
かれらは川岸にしつらえた架台テーブルで、黒パン、鵞鳥のゆで卵、玉葱とベーコンを添えた魚のフライを、朝食として食べた。王の憂鬱な気分は朝露とともに消えていった。まもなくロバートはオレンジを食べながら、かれらが子どものころに過ごした高巣城での、ある朝の思い出話を始めた。「……ジョンに一樽のオレンジを贈った。覚えているか? 残念ながら、中身は腐ってしまっていた。そこで、おれがテーブル越しに自分のオレンジを投げると、ダックスの鼻にまともに当たった。覚えているだろう、レッドフォードのあばた面の従士さ? やつはおれに投げ返してきた。そして、ジョンが屁もひらないうちに、大広間の四方八方にオレンジが飛び交うありさまになったっけ」かれは腹をかかえて笑い、ネッドさえも思いだして顔がほころんだ。
これこそ、自分と一緒に育った少年だ、とかれは思った。これこそ、自分が知っており、愛してきたロバート・バラシオンだ。
しかしロバート・バラシオンは死んだ。ワインでベロベロになり、狩りで突きを誤って、反対に猪に串刺しにされたのだ。彼は、あんなに愛したリアナ・スタークの顔を、もう思い出せないのだと言って、泣きもせず、乾いたうつろな目をして、ただワインを飲み続けていた。可哀想だ。栄光に満ちた反乱劇の結末が、これか?
彼の死後、継承権を主張し、王位を請求した人物は、ウェスタロスに五人いた。そのうちの一人であるスタニス・バラシオンは、〈鉄の玉座〉について、かつてこのように述べていたことがあった。
「きみは〈鉄の玉座〉を見たことがあるか? 背もたれには逆刺が植わっているのだ。捻じ曲がった鋼鉄のリボン。剣とナイフを全部絡み合わせて溶かしたぎざぎざの尖端が突き出ているのだぞ? 座り心地のよい椅子ではないぞ。エイリスがあまりしばしば切り傷を作るので、人はかれを〈かさぶた王〉と呼んだ。そして、メイゴル残酷王はあの椅子にすわっていて殺された。あの椅子によってだ。人の噂ではな。あれは人が安楽に休むことができる座椅子ではない。どうしてわたしの兄弟があんなにあれを欲しがったか、わたしはしばしば不思議に思うのだ」
「ではなぜ、あなたはそれを求められるのですか?」ダヴォスはたずねた。
「欲求の問題ではない。王位はわたしのものだ。ロバートの跡継ぎだからな。それが法律だ。わたしの後は、わが娘に継がせなければならない。結局、セリースが息子を産んでくれなければの話だが」かれは三本の指を軽くテーブルに当てて、年月のために黒ずんだなめらかな固いニスの層をなでた。「わたしは王である。これに欲求は入らない。娘に対する義務がある。王土に対しても、ロバートに対してさえも。わたしをほんの少ししか愛してくれなかったことは、わたしも知っている。だが、かれはわたしの兄だった」
スタニス・バラシオンは原理主義的な異教を崇める危険人物で、鉄でできているような男だった。律儀で窮屈で、気難しく、冗談も通じない。そしていつもげっそりと疲れた顔をしていて、ありもしない使命に忙殺されている。やることなすことすべてが裏目に出て、誰からの信頼も得られず、〈光をもたらすもの“ライトブリンガー”〉と名付けられた燃えさかる剣を半ば自暴自棄になって振り回しているが、これがただの鉄屑であることは自分でもわかっている。善人ではないが、好人物だ、と私は思う。なぜならば、徒労に満ちているのに、ほかの方法を模索しようとしない……『こうでしか生きられない男』として、彼はその生涯を全うしたからだ。しかしなぜ、スタニスは異教に魅せられたのだろうか?
スタニスと異教の迷信的な関係については、彼の側近であった〈紅の女祭司〉メリサンドルが彼をたぶらかし、狂気の王に仕立て上げてしまったというものが、いまでは歴史の共通認識となっている。メリサンドルは〈光の王〉という一神教を信奉し、呪術に長け、股のあいだにある温かい穴にスタニスを誘い込んで、彼をあやつったと言われている。スタニス王は彼女の火に魅せられ、謎めいた運命を信じ込み、七神正教の像を燃やしたり、近親者を火炙りにしたりして、わけのわからない旅路を突き進むことになった。
しかし私は、メリサンドルに悪気があったわけではない、と、いまでは思う。なぜならば結果的に、歴史のあらゆる転換点にいたのは、彼女のような異教徒や、落とし子、奴隷や娼婦、障害者、宦官、道化、または臆病者、異常性愛者や、とりわけ醜い者など、生来の権利を剥奪された『壊れた者たち』だったからである。メリサンドルは、やがてスタニスを率いて〈壁〉の戦争に加わった。それは玉座をめぐる俗世の戦争ではない、生者と死者の権利をめぐる、究極の戦争だった。結果的に、メリサンドルはその“長き夜の戦い”のなかで奇妙な立役者となり、歴史に名を残すことになった(と思う)。この地上の人間世界を救ったのは、発狂した異常者であるメリサンドルだった、と言っても過言ではないだろう。
加えてこの七王国の無数の群像劇をある一言で要約するには、彼女がダヴォス・シーワースに向けて述べた下記のような発言がきわめて有用になると思われる。
「わたしに何を見せたいのだ?」
「世界が作られるさまを。真理はあなたのまわりに充満しています。見れば、はっきり見えます。夜は暗く、恐怖に満ちており、昼は明るく、美しく、希望に満ちています。片方は黒く、片方は白い。氷があり、炎がある。憎悪と愛が。男と女が。苦痛と快楽が。冬と夏が。悪と善が」彼女はかれに一歩近寄った。
「死と生が。いたるところに反対物が。いたるところに戦いが」
「戦い?」ダヴォスはたずねた。
「戦いです」彼女は肯定した。
「二つのものがあるのですよ、〈玉葱の騎士〉さん。七つでもなく、ひとつでもなく、百でも千でもありません。二つです! ・・・」
メリサンドルが上記のように述べるように、この七王国の歴史は、次のような一言で要約することが可能なように思われる。すなわち「相反する二項対立の相克でぶち果てる人間の群像劇」であると。
その物語は、『氷と炎の歌』と呼ばれている。そして私は、この物語における究極の対立とは、生と死でも、男と女でも、氷と炎でもなく、愛と義務の対立だったのだろうと、考えている。
いつしか、〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉へと加入した運命の落とし子ジョン・スノウは、白齢の賢人メイスター・エイモンから、下記のようなことを述べられたことがある。
「ジョン、〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉の兵士がなぜ妻を持たず、子供をつくらないか、不思議に思ったことはないか?」メイスター・エイモンはたずねた。
ジョンは肩をすくめた。「いいえ」
「愛さないためだ」老人は答えた。「なぜなら、愛は名誉を破壊し、義務を殺すからだ」
これは正しいとは思えなかったが、ジョンは黙っていた。メイスターは百歳で、〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉の高官だ。かれはそれに反論するような身分ではなかった。
その老人はかれの疑惑を感じとったようだった。「なあ、ジョン、教えてくれ。万一おまえの父上が名誉かまたは愛する人たちか、どちらかを選ばなくてはならない日がきたら、かれはどうするだろうか?」
ジョンはためらった。そして、エダード公はたとえ愛のためであっても、決して自らの名誉を汚さないだろう、といいたかった。だが、心の中で陰険な小声がささやいた。“かれは私生児をつくった。そのどこに名誉があるか? そして、おまえの母親。彼女にたいするかれの義務はどうなった。かれは彼女の名前さえいおうとしないのだぞ”
「かれは何なりと正しいことをするでしょう」かれはいった……ためらいを埋めあわせるために、大声で。「何がどうあろうとも」
「では、エダード公は一万人に一人の男だ。われわれ大部分の者はそれほど強くない。女の愛と比べたら、名誉とは何だ? 生まれたばかりの息子を腕に抱く感覚と比べたら……兄弟の笑顔の記憶と比べたら、義務とは何だ? ああだこうだと色々なことをいうが、われわれはただの人間にすぎない。そして神々は、人間を愛のためにお作りになった。それはわれわれの偉大な栄光であり、また偉大な悲劇でもある。
〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉を創設した男たちは、北方の暗黒から国土を守る楯は自分たちの勇気だけであることを知っていた。自分たちの決意を弱めないためには、忠誠心を分割してはならないと知っていた。それで、妻子を持たないと誓ったのだ。
だが、兄弟もあり姉妹もいた。自分らを生んでくれた母親も、名前をくれた父親もいた。かれらの出身地は百もの喧嘩好きな王国だった。そして、時代は移り変わるかもしれないが、人間は変わらないとかれらは知っていた。だから、〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉はみずからが守っている国々の戦いには参加しないという誓いも立てたのだ。
かれらはその誓約を守った。エイゴンがハレン暗黒王を殺して、自分の王国を打ち建てたとき、ハレンの兄弟は〈壁〉の総帥で、一万人の剣士を従えていた。だが、かれは出撃しなかった。“七王国”が実際に七つの王国であった時代には、その中の三つか四つの王国が戦争状態になかった期間は、一世代もなかった。〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉はそれに加わらなかった。アンダル人が〈狭い海〉を渡ってやってきて、〈最初の人々〉の諸王国を蹴散らしたとき、滅ぼされた王の息子たちはやはり誓いを守り、持ち場に留まっていた。数えきれない年月にわたって、つねにそうしてきた。これが名誉の代償なのだ。
恐れるべきものがない場合には、臆病者はだれにも劣らず勇敢でありうる。そして、義務を果たすのに代償が要らない場合には、われわれは皆、義務を果たす。そのようなときには、名誉の小道を歩くのは、なんと容易に思えることか。だが、あらゆる人の人生において、遅かれ早かれそれが容易でなくなる日がくる。選択せねばならない日がくる」
「そして、今がわたしのその日だと……そう、おっしゃっているのですね?」
メイスター・エイモンは首をまわして、その視力を失った白い目でかれを見た。それはまるでかれの心の中をまともに覗きこんでいるようだった。ジョンは素っ裸にされたように感じた。
その老人はしみだらけの萎びた手をかれの肩にのせた。「辛いなあ、坊や」かれは優しくいった。「ああ、そうだよ。選択は……つねに辛かったし、この先もつねに辛い。わたしは知っている」
「あなたにはわかりませんよ」ジョンは苦々しくいった。「だれにもわかりません。たとえ、わたしがかれの私生児でも、それでもなお、かれはわたしの父親なんです……」
メイスター・エイモンはためいきをついた。「わたしのいったことを何も聞かなかったのか、ジョン? 自分が最初だと思うのか?」かれは年老いた首を振った。その仕草は言葉にならぬほど疲れているように見えた。「神々は三度、わたしの誓いを試すのが適当だとみそなわせられた。一度はわたしが少年のとき、一度は男盛りのとき、そして一度は年をとってから。そのころには、わたしの体力は衰え、目は見えなくなっていた。だがその最後の選択も最初のものと同じくらい残酷だった。わたしの鴉どもは南から、知らせを、その翼よりも黒い言葉を、わが家の滅亡を、同胞の死を、恥と荒廃をもたらしたものだ。年老い、盲い、弱ったわたしに何ができただろう? わたしは乳飲み子のように無力だった。だが、かれらがわが弟の哀れな孫や、その息子や、幼い子どもたちをも切り殺しているときに、自分が忘れ去られたままじっとしているのはやはり悲しかった……」
ジョンはその老人の目に涙が光るのを見てショックを受けた。「あなたはだれですか?」
かれは静かにたずねた。ほとんど怯えて。
その年老いた歯のない唇に、微笑が震えた。「黒の城と〈冥夜の守人“ナイツウォッチ”〉に奉仕する義務を負う〈知識の城“シタデル”〉の、いちメイスターにすぎない。わたしの学会では、誓約をして学鎖をつけるときに、自分の家名を捨てる」その老人は肉の落ちた細い首に緩くかかっているメイスターの学鎖を触った。「父はメイカー一世だ。その死後、わたしの弟のエイゴンがわたしにかわって国を統治した。祖父が〈ドラゴンの騎士〉こと太子エイモンの名をとって、わたしに名をつけた。〈ドラゴンの騎士〉は、どの伝説を信じるかによって、かれの叔父にも父にもなるのだがな。かれはわたしをエイモンと呼んだ」
愛は義務を殺し、義務は愛を殺す。この政治経済的な世界において、どちらか一方を選んだ場合、もう一方を選び取ることはできない。彼はエイモン・ターガリエンとして、ジョン・スノウと呼ばれた落とし子に向かって、そう述べた。
この七王国の物語では、愛と義務の対立を前にしては、あるひとつの公理のようなものがある。それは『愛を選んだ人物は義務によって殺され、義務を選んだ人物は愛を殺した罪で責苦の人生を味わう』というものだ。もしも氷が燃えることができたなら、もしも死者が生きることができたなら、誰かを愛するということは、もっと容易いものになるはずだ、と、思う。しかしそれはできない。われわれは、あらゆる反対物のあいだで、もがき、苦しみ、ぶち果てる運命にある。
そしてその七王国の歴史の一部分を切り取った『氷と炎の歌』と呼ばれる物語(AC315~320年くらい?)は、たしかに愛と義務の対立からはじまり、愛と義務の対立で終わるといった点において、ここでも巨大な星座を形成している。
この物語が本当の意味ではじまったのは、間違いなく、あの一点においてだ。リアナ・スタークと呼ばれた女性が、レイガー・ターガリエンに拉致され、強姦され殺されたことが、300年続いたターガリエン王朝の崩壊と、ひいてはその15年後の玉座をめぐる戦争を招くきっかけになっている。『氷と炎の歌』という物語の始点は、およそこの時点に打たれていると見て間違いない。
そもそもこの事件には、いくつか疑問が残っていた。
元〈王の楯〉総長バリスタン・セルミーは、女王デナーリス・ターガリエンに向かって、彼女の長兄レイガーについてこう語る。
「プリンス・レイガーの武勇は疑う余地がありませんが、あのお方はめったに試合に参加されませんでした。あの方は決して、ロバートやジェイミー・ラニスターのように、剣の歌をお好みになりませんでした。武術はあの方の義務のようなものでした。世間から与えられた仕事でした。それを立派におやりになったのです。あらゆることを上手におやりになる方でしたから。それがあのお方の本性でした。しかし、それを決して楽しんではおられませんでした。あのお方は槍よりも大竪琴のほうを愛されたと人民は申しておりました」
「・・・七王国じゅうから最強のチャンピオンたちがこの馬上槍試合大会に馳せ参じたのです。そして、その中でドラゴンストーン城のプリンスが優勝されたのです」
「でも、それはかれがリアナ・スタークに愛と美の冠を与えた大会だったのよ!」
デナーリスはいった。
「妻のプリンセス・エリアも同席していたのに、兄は冠をそのスタークの娘に与えたのです。そして、後に彼女をその許嫁から盗んだのよ。どうして、かれはそんなことができたのかしら? そのドーンの女はかれに対して、それほどひどい扱いをしたのかしら?」
物語の始点において、レイガー・ターガリエンとリアナ・スタークのあいだに、何があったのだろうか? 事実はこうであった。リアナ・スタークは、レイガー・ターガリエンに誘拐されていなかった。ふたりは、愛し合っていたのである。
ふたりは、愛し合った。そして空虚な王国の舞台袖から降りて、誰の目も届かない遠くまで逃げた。そこでふたりは司祭の立ち会いのもと、密かに正式な婚姻関係を結んだ。この婚姻で、リアナはバラシオン家を、レイガーは王室とマーテル家を裏切った。ふたりは神々との誓約を破り、愛のために義務を殺した。そしてふたりのあいだに生まれた子どもは、その名前と存在を永遠に隠され、ふたりの真実とともに、歴史の闇に葬られた。この愛の勝利こそが旗主諸侯らの反乱を生み、王朝の崩壊を招き、その後の無数の血みどろの戦争を生むことになった。それが真実の愛であったことを知らないままに。
その後、リアナ・スタークは産褥で死に、レイガー・ターガリエンはロバート・バラシオンの戦鎚で頭部を粉砕されて殺された。
そしてふたりの隠し子は、〈炎と血〉を掲げるターガリエン家の血を継ぎながらも、〈冬来たる〉を掲げる北部のスターク家のなかで、私生児として隠され、育てられた。
彼の本当の名は、〈エイゴン・ターガリエン〉という。
すべての物語が終わったとき、奇態な賢人ティリオン・ラニスターは、彼に向かってこう言ったものだ。
「思えばすべてのはじまりは、ロバート・バラシオンが愛した女が、彼を愛さなかったせいだ」
もしもリアナ・スタークがロバートを愛していたら、あるいは義務のためにレイガーを拒んでいたら、ターガリエンの王朝はあと何十年か(少なくとも太子レイガーの代までは確実に)続き、目立った戦のない季節を過ごせたかもしれない。しかし彼女がレイガーとのあいだに子をもうけなければ、七王国が自ら民主制(寡頭政?)へと移行することはなかっただろう。
〈エイゴン・ターガリエン〉こそ約束された真の王子、『氷と炎の歌』そのものであるが、彼は物語の始点そのものとして生まれてきただけでなく、誰かの義務のために自身の愛を殺すことによって、物語の終点を結び、その巨大な天体の尖端を閉じることになる張本人でもあった。
そして彼が最後に殺した愛が−−−生かした義務が、〈鉄の玉座〉そのものを溶かす、ドラゴンの炎になった。そして彼は〈女王殺し〉の罪を背負い、〈壁〉の向こうへと姿を消すことになった。
この物語は、義務の敗北によってはじまり、愛の死によって幕を閉じる。そしてその閉じられた物語の尖端が、〈鉄の玉座〉の終焉に折り重なっている。まるで最後のエイゴンが犯した罪を、彼の目を通して、最初のエイゴンが見守っているかのようだ。最後のエイゴンは、それに気づいただろうか? いや、気づきもしなかったのは最初のエイゴンのほうだと思う。まさか自分が作った玉座を、こうして300年後に自分の手で葬ることになろうとは。
愛と義務は、究極の氷と炎だといえる。だがそれも、無数の群像劇のひとつに過ぎないと私は思う。